【ボレロ 第三部】 -赤と青- 3



美那子さんとともに 『ミクモ』 を訪れたのは夏の盛り、木々を抜ける風は爽やかで熱帯夜が続く東京の暑さを忘れる涼しさだった。

街中にあった工場を郊外に移転したのは昭和の終わり、夫の代で会社を大きくしたのだと、誇らしげに語る会長の三雲幸代さんの案内で工場内に入った。

肌に直接触れる製品を扱う作業場ということもあるが、工場はどこも掃除が行き届き、床は光るほど磨き込まれ、道具類はきちんと整理されている。

トイレも例外ではなく、隅々の掃除はもちろん、身だしなみを整えるために見た鏡はきれいに磨かれて曇りひとつなかった。

私が父の秘書を務めていた頃、他社の製造現場を訪れる機会がたびたびあった。


「掃除が行き届いているか、整理整頓がなされているか、社員から挨拶があるか、しっかり見るように。会社の姿勢がよくわかる」


父が口ぐせのように言っていた言葉である。

まずは足元を見よ、小さなゴミはないか、床は磨かれているか、埃は論外である。

清掃は業者任せの会社もあるが、そこで働くおのおのに意識がなくては清潔は保てない。

道具の手入れや整理整頓の行き届いた工場は、間違いのない製品を生み出す力を持っている。

そして、人としての基本である挨拶ができているか、それらを見極めるようにと言われた言葉を思い出した。

『ミクモ』 は、父が注目すべきと言ったすべてが備わった会社である。

社員は黙々と作業に打ち込みながらも、私たちの姿を認めると会釈をする姿は好感が持てた。

工場から続く事務所にも無駄な物はなく、スッキリと片付いている。

女性下着を扱う会社であることから、多少なりとも華やかな雰囲気を想像していただけに意外だった。

鮮やかな赤色のショッパーが目に留まったのは応接室に入ってすぐ、パーテーションで仕切られた隣室の棚に置かれた袋に 『エレガンスベニー』 のデザイン文字が見えた。

絵画一枚、花一輪飾られていない殺風景な内に、そこだけ彩りがあり、まるで差し色のようだった。

そのときは 『エレガンスベニー』 の名に覚えはなく、鮮やかな色だけが記憶に残った。 

応接室に掲げられた看板は古く、ところどころ文字はかすんでいるものの、それがまた歴史を感じさせる味わいとなっている。


「『三雲虎二商店』 の看板を磨くのは社長の仕事です。娘が引き継ぎました」


取引先に出かけた社長の希さんを待つあいだ、幸代会長が相手をしてくださった。


「希さん、じゃなかった、希社長が毎日磨いてらっしゃるのよ」


美那子さんは、ここでも 『ミクモ』 の応援団である。


「このごろ、急に問い合わせが増えまして、ありがたいことでございます」


さきごろSNSで商品が評判になったそうだ。

一部の愛好家に支えられてきた 『ミクモ』 の商品が世に知られて、新たな層の獲得になるのではと会長は喜んでいる。

ネットの仕掛け人が美那子さんであることは容易に想像がつくが、美那子さんは知らぬ顔を決め込んでいる。


「この評判に、みな張り切っております。ウチは、親子や兄弟姉妹で務める社員も多くおりまして、社員全員の雇用の継続が私どもの何よりの希望でございます。

そのためにも、『SUDO』 さんのお力をお貸しください。なにとぞよろしくお願いいたします」


ここで立ち上がった幸代会長は、腰をふたつに折って頭を下げた。


「そのお話は、希さんがお帰りになってからいたしましょう。さあさあ、お母さま、お座りになって」


美那子さんに促されて幸代会長は腰を下ろしたが、どうぞ、どうぞよろしくお願いしますと繰り返し、私は返事に困った。

『ミクモ』 が誠実な会社であることは、先の工場見学でわかった。

技術の確かさから将来性もある、だからといって 「お引き受けいたします。おまかせください」 と即答するわけにはいかない。

社長の希さんに会う前に 「持ち帰り検討いたします」 とも言えない。

返事の言葉選びに迷い、懇願する幸代会長から目をそらした私は、壁に掲げられた古い肖像画に気がついた。


「あちらの肖像画は、創業者の三雲虎二さまでいらっしゃいますか」


さようでございますとうなずく顔へ、御社の歩みをお聞かせくださいと話を向けると、以前は足袋を取り扱っておりましてと、幸代会長は社史をめくるように丁寧に話をはじめた。

会社も人も輝き活躍した時代は誇らしいもので、幸代会長の顔は、夫が務めた先代社長の決断で社屋移転と事業拡大した頃の話になると活気づいた。

お茶をいただきながら会社の歴史をうかがっているところに、三雲希さんが帰ってきた。

美那子さんに聞いた通り青い作業服を着た希さんは、平均的な体格の女性よりかなり背が高く、骨格もしっかりしている。

やや前かがみで肩をすぼめるような姿勢は、肩幅と身長を気にしてのことだろうが、オペラ歌手として舞台に立つ長身の友人、波多野結歌を見慣れた私には、希さんがそれほど大柄とは感じられない。

お待たせいたしましたと、こちらを気遣う言葉のあと、


「『ミクモ』 の代表を務めております三雲希です。遠いところをようこそおいでくださいました」


丁寧な挨拶があった。


「『SUDO』 新事業部におります、須藤珠貴でございます。本日はお時間をいただきましてありがとうございます」


手渡した私の名刺に目を通したあと、両方の手でテーブルの上にそっと置いた仕草が印象的だった。

美那子さんから希さんへ、私についてどれほどの情報が伝わっているのかわからないが、その日は、訪問の目的を伝えるにとどめた。

次に 『ミクモ』 を訪れたのは10月、希さんの仕事を拝見したのち、女性の体の変化に対応できる機能性下着に特化した製品作りをめざしていると、こちらの要望を伝えた。

幸代会長は興味を示したが、希さんは考える顔で私の欲しい返事はなかった。

11月にも足を運んだが、色よい返事はなかった。


「『エレガンスベニー』 さんとお話がございますか」


思い切って聞いてみた。

幸代会長は首を傾げ、『エレガンスベニー』 そのものを知らない顔だった。

一方の希さんは、「あちらとウチでは釣り合いません」 と否定した。

釣り合わないと言い切った表情は硬く、それ以上を聞くことはできなかった。

 
「阿武隈高原の星空ツアーをご存知ですか。お時間がありましたらお出かけください」


別れ際、今日はこちらに一泊しますと口にした私へ、希さんから星空ツアーを勧められた。

街の灯りの少ない高原の空は天体観測に最適で、素晴らしい体験ができると聞き、その夜さっそく出かけた。

高原の空は広く、漆黒のビロードにちりばめた宝石の如くきらめく冬の星に魅了された。

ホテルにもどり、部屋に常備された葉書に、星空ツアーを紹介いただいたお礼と星の感想を書きしるし、翌朝投函した。

数日後、希さんから返事が届いた。

そこには彼女の迷いが書かれていた。



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2 Comments

K,撫子

K,撫子  

To まあむさん

こんにちは

意識を高く持つことは、どこの世界でも大事ですね。
来客は案外隅々まで目を向けますから、油断できません。
ちいさいころのまあむさんのお話、微笑ましくうかがいました^^
会長と社長である母と娘、めざすところが異なるのか、ほかに理由があるのか。
次回見えてくるでしょう。
引き続きおつきあいください。

2022/02/11 (Fri) 16:34 | 編集 | 返信 |   

まあむ  

こんばんは
来客が見るところはどんな訪問先でも同じだと
ドキッとしました。
子供の頃、人見知りなため来客への挨拶が苦手で
よく怒られてました(^_^;)
会長と社長では温度差があり、戸惑いますね。
歴史があり、職人もプライドを持ってるでしょうから
機械化も受け入れ難いところもあるはず。
かといって、時代を無視した経営はあり得ませんしね。
職人兼社長の希さんも悩みは尽きないのでは?

2022/02/10 (Thu) 18:55 | 編集 | 返信 |   

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