【ボレロ 第三部】 -赤と青- 4


三雲希さんから届いた手紙は、その姿を隠すように 『ミクモ』 の社用封筒の中に入っていた。

バラの透かし模様がほどこされた薄紅色のレターセットは華やかで、抑えた色の服を好む希さんの印象と乖離している、そんな気がした。

これが、赤い服の似合う富樫紅さんから届いたものならうなずけるのにと思いながら、ペーパーナイフで封を切った。

封筒とそろいの便箋に並んだ文字は印字ではなく、希さんの直筆だった。

私が送った葉書を嬉しく受け取ったことと新事業への不安が、小粒ながら丁寧な文字で綴られていた。

小さな文字を書く人は、物事に慎重で内向的で失敗を恐れる傾向にあると、文字鑑定を得意とする人に聞いたことがある。

希さんがそうであると断言はできないが、出産経験のない自分に産後の体形変化に応じた下着作りは難しい、須藤さんの期待に添える自信がないと不安を綴る文字を追いかけながら、希さんのうつむく顔が浮かんだ。

これまで支えてくれた愛用者のためにも、路線変更はせずに事業を続けたいが、それが難しいことは承知している。

変化をのぞまないため、このまま事業が先細りになってしまうのも仕方がない、『ミクモ』 は自分の代で終わりになるだろうと、何もかもあきらめたような心境で手紙は終わっていた。


「はあ……」


「ずいぶん大きなため息だね」


希さんの手紙を読み返した私は、パーソナルチェアでくつろぐ宗にも聞こえる大きなため息をついたらしい。


「悩みなら聞くよ。俺にできることなら協力する」


「ありがとう……経験したことがないから自信がないと言われたの。消極的な人を積極的にするには、どうしたら良いと思う?」


「そうだな……魅力的なエサを目の前にぶら下げる」


馬じゃないのよと軽く睨むと、ふっと微笑んで、「ごめん、真面目に考える」 と言い腕組みをした。


「成功体験を重ねて自己肯定力を高める。時間はかかるが、確かな方法だと思う」


宗の言うことはもっともだが、希さんの出産経験を待つほど時間に余裕はない。

私が美那子さんに紹介された会社に関わっていること、『SUDO』 の新事業として女性下着を手掛けるつもりでいることは宗も知っている。

あらためて 『ミクモ』 の現状と、三雲希さんについて宗に話した。


「……そういうことか。彼女は自分に自信がないんだろうね、といって、出産を経験してくださいというわけにもいかないね。

産むだけじゃない、その後の体の変化を待っていたら、何年かかるかしれない」


「ええ、だから困ってるの」


「こうは考えられないか。幼稚園や学校の教師は、子育て経験がなくても教えられる。それは、彼らが教育のプロだから。

彼女もプロだ、珠貴が惚れ込むほどの技術を持っている。それは自信にならないだろうか」


宗の言葉は的確で、希さんを説得できる言葉を得た思いがした。


「希さんにもう一度会って、話をしてみるわ」


希さんの都合を聞くためにメールフォームを開いたが、思い直して引き出しからグリーティングカードを取り出した。

海外の色鮮やかなクリスマスカードを、希さんは喜んでくれるだろうか。

バルコニーから見上げた空には、細い月が浮かんでいた。



希さんから年明けに上京します、そのときお話を聞かせてくださいと返事が届いた翌日、私はお気に入りの場所にいた。

ミニチュアとドールハウスの専門店は、10代のころから何度も足を運んできた。

ドールハウスに小物を並る遊びに、小さいころはただただ夢中だった。

学生のころは勉強の合間の息抜きになり、大人になると気分転換と現実逃避の時間になった。

ミニチュアと向き合う時間は煩わしいことを忘れて、子どものころのように没頭できた。

出産から子どもに手のかかるこの数年、その趣味から離れていたが、最近またミニチュア熱が戻ってきた。

作家の作品が出るたびに届く 『新作のご案内』 が気になりながらも、趣味に費やす時間が取れず見送ってきたが、先日届いた案内状に心が動き、今日は久しぶり来店した。

案内状に必ずメッセージを書き添えてくれる店長に、「いらっしゃいませ」 と変わらぬ笑顔で迎えられ、その瞬間、数年の空白も忘れて、棚に並んだミニチュアに吸い寄せられていった。


「お嬢様は大きくおなりでしょう」 


「幼稚園の年少になりました」


こんな会話のあと、


「そちらが新しいシリーズです。珠貴さんのお好みはこちらかしら」 


店長の案内で棚の前に立ったとき、見覚えのある横顔に出会った。

私の視線に気がついたのか、赤いコートの女性がこちらを見て 「あらっ」 と驚きと喜びの顔になった。

赤いコートの富樫紅さんと偶然の再会を喜びながら、互いに、ミニチュアドールショップにいることが意外であると感じていた。

目の前にある新作を見た紅さんが先に口を開いた。


「そちらは、お嬢様へプレゼントですか?」


店長と私の会話が耳に入っていたのだろう。


「いいえ、私のコレクションに加えるつもりです」


「まあ、あなたも?」


紅さんは目を輝かせ、仲間を見つけたと目が語っている。


「珠貴さんと紅さん、同じシリーズがお好みですよ」


ミニチュアドールハウスのコレクターには、それぞれお気に入りのシリーズがある。

店長は、私と紅さんの購入歴を正確に覚えていた。

店長の話から、どちらも好みは同じとわかり、そうなると話はつきない。

それぞれに買い物を終えてショップを出るころ、私たちは互いを名前で呼び合う仲になった。


「珠貴さん、またお会いしましょう」


私は彼女の名前も身分も知っている。

けれど、彼女が知っているのは私の名前だけ。

不公平ではないかとの思いがよぎったが、素性を明かすことで、趣味でつながる関係を崩したくない思いもあった。

別れを言葉を告げて親しい笑みを見せた紅さんの、赤いコートの背中が師走の街に消えていくのを見送った。



・・・・・・・・・・・

文字鑑定については、断定するものではありません。


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4 Comments

K,撫子

K,撫子  

To 猫じゃらしさん

こんにちは

読んでくださって、ありがとうございます。
大人恋愛を中心に書いています。
感想もありがとうございます。
人の見た目と内面は、同じだったり違ったり、みんな違うので面白いですね。

2022/02/25 (Fri) 16:47 | 編集 | 返信 |   
K,撫子

K,撫子  

To まあむさん

こんにちは

美しいレターセットを社用封筒に入れてしまったように、希は自分を表に出すことが苦手です。
消極的な姿勢は仕事にもあらわれて、珠貴も説得に苦労します。
そして、紅と意外なところで再会、趣味のミニチュアドールを語る顔に強気な様子は見えません。
希と紅の新たな一面が見えてきました。
次回は早めの更新の予定です。


2022/02/25 (Fri) 16:40 | 編集 | 返信 |   

猫じゃらし  

とても素敵な文体ですね。レターセットと人柄の違い。内向的な方だからこそなのでしょうか。

2022/02/25 (Fri) 12:15 | 編集 | 返信 |   

まあむ  

こんばんは
せっかく素敵なレターセットなのに
社用封筒では台なしですね。
乙女な部分を隠すのも内向性のせい?
自分に自信がある人ばかりではないですが、
仕事にまで影響があるのはかなり重症。
身近に相談できる人がいればと思うのですが…
そして、意外な場所で再会した紅さん、
彼女は女性的な面が強く出ていて本当に正反対の二人です。

2022/02/24 (Thu) 20:09 | 編集 | 返信 |   

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