【ボレロ 第三部 鈍色のキャンバス】 -虹色のパステル- 1


骨董店から知らせがあったのは、ホテルでの結婚披露宴に出席したあとロビーに出たときだった。

例の絵皿を鑑定してほしいという男が来店した、いま店に引き留めているが限界がある、やはり警察に通報した方がよいのではないかと伝える声は聞き取りにくく、招待客がざわめくロビーの隅で何度も聞き返しながら応じた。

店側が用意した鑑定依頼書には、住所と 『千寿毬緒』 と名前が書かれていたそうで、おそらく住所はでたらめ、名前も偽名だと思いますと自分の推理を口にした店主は、若手画家 『千寿マリオ』 を知らないのだろう。

千寿マリオが犯人だったのかと驚く一方で、彼が犯人なら本名を書くだろうかと疑問が浮かんだ。


『警察へ通報は待ってください。その人に、私の名前を伝えて待つように言ってください』


これからそちらへ向かいますと伝えて電話を切った。


「警察がどうとか聞こえたが、なにかあったのか」


電話の声が聞こえたのだろう、吾郎さんが顔を寄せてきた。

今日の披露宴は仕事のつながりで招待されたため、周囲には会社関係の出席者が多かった。

近衛商事社長、近衛吾郎さんもその一人で、それまでの陽気な顔が経営者の厳しい表情に変わった。

警察が介入するような事件でもあったのか、近衛グループが関係しているのかと尋ねられ、そうではない、家で少々厄介なことがあったとこぼしたのがいけなかった。

会社の不祥事かと身構えた顔が、たちまち好奇心をむき出しにして 「えっ、泥棒にでも入られたか」 と当たらずとも遠からずを口にする。

それには答えず、急ぐので先に失礼と吾郎さんを振り切ったつもりだったのに、


「急ぐんだろう? ウチの車で送るよ」


そういって、私と肩を並べて歩き出した。

運転手の佐倉が休みのため、今日はタクシー利用であると吾郎さんに語ったことを後悔した。

佐倉の妻は妊娠後期で、つわりも軽く順調に過ごしていたが、今朝体調異常を訴えたため、これから病院へ連れていくつもりであると連絡があった。

副社長の迎えの時刻に間に合わない場合を考えて、代わりの車の手配をしますという律儀な佐倉へ、その必要はない、今日は休むようにと伝えた。

こちらの心配はいらないと言ったものの、代わりの手配を頼んでおくんだったと思ったが、いまさらどうにもならない。

ホテルの玄関前はタクシーを待つ人でごった返している。

順番を待っている暇はない。


「お願いします。助かります」


家の厄介ごととは何か、近衛家で事件発生かと期待する顔に頭を下げた。

骨董店までの道々、こちらに探りを入れる吾郎さんの質問をかわすことができず、早苗大叔母の絵皿が紛失、それが骨董店で見つかったと知らせがあったことを話した。

車が目的地に到着、私が降りると吾郎さんも当たり前のような顔でついてきた。


「吾郎さん、ここでいいので。ありがとうございました」


帰ってくれと言ったつもりだったが、


「帰りはどうする、この辺はタクシーはめったに通らない、困るだろう。宗一郎君、ここまで来たんだ付き合うよ」


タクシーなど配車アプリでどうとでもなると言ったところで、消えた絵皿が見つかったことに興味津々の吾郎さんは諦めないだろう。

犯人は若手人気画家の千寿マリオかもしれないと聞いて、好奇心はますます膨らんでいるはずだ。

吾郎さんを追い返すことはあきらめて、『閉店しました』 と札が下がる骨董店の扉を開けた。



店で店主と千寿マリオから話を聞く最中、若い男が店に飛び込んできた。


「宗一郎さん、僕です、コウです」


走ってきたのか荒く息を弾ませながら、まず名前を名乗った。

変装の達人である彼は、名乗らなければ誰かわからない。

今日は男のなりであるが、誰かになりすました感じはない。


「コウか。どうしてここに?」


「早苗様から、宗一郎さんとマリオ先生をお連れするように言われてきました」


マリオ先生は関係ありません、詳しいことは早苗様がお話されます、とにかく家に戻ってくださいと、切羽詰まった顔がまくしたてた。


「ひとまず帰ろうじゃないか。車、待たせておいてよかっただろう」


吾郎さんの得意気な顔に、ふたたび渋々頭を下げた。

骨董店店主には、後日事情を説明します、お騒がせしましたと伝えて店を出た。

さすが老舗の骨董店である、詳しいことは何も聞かずに私たちを送り出してくれた。


ぞろぞろと男4人が連れ立って戻った家には、女たちの思い詰めた顔が待っていた。


「宗さん、すべて私が悪いのです。絵皿の鑑定をお願いしたのは私です。マリオ先生はなにもご存じありません」


早苗大叔母は自分のせいだと繰り返し、私に千寿マリオの無実を訴え、


「今まで黙っていたのは事情があったの。ごめんなさい」


珠貴は反省するようにうつむき、


「申し訳ございません。責任をとって辞めさせていただきます」


佐山さんは覚悟を決めた顔を向けた。


「やめるなんて、そんなことおっしゃらないで。佐山さん、お願いだから」


「いいえ、私が大奥様のお気持ちに気がついていれば、こんなことにはならなかったのです。私の責任です」


「そうではありません。私が佐山さんにお話ししていたら、マリオ先生を巻き込むこともなかったのです」


女三人は相手をかばいながら自分を責める。

これでは、いつまでたっても話は進まない。

ひとりずつ話を聞かせてくださいと言おうとした私より先に、骨董店から一緒についてきた吾郎さんが口を開いた。


「早苗おばさま、珠貴さん、佐山さんも、まず落ち着きましょう。はい、息を深く吸って、ゆっくり吐いて……

じゃあ、座って話を聞きましょうか」


吾郎さんは、女たちを落ち着かせるように優しく声をかけて、大叔母の背中に手を添えて座らせ、


「君、新しい子だね。名前は? 根岸さらささんか、素敵な名前だね。じゃあ、さらささん、温かい飲み物をお願いできるかな」


緊張した面持ちで部屋の隅に控える根岸さらさを名前で呼び、気持ちをほぐし、あっという間に距離を縮めた。

こういうところは、吾郎さんにかなわない。

さすが女性の扱いは上手いもんだと感心していると、あとは任せたぞというように吾郎さんの目とあごが動いた。

みなの顔を見回してから、大叔母へ視点を定めた。


「大叔母様、大叔母様がマリオ先生に絵皿の鑑定を依頼したのは、間違いありませんね」


「間違いありません。この絵皿をチャリティーオークションに出すために、どれほどの価値があるのか確かめる必要がありました。

マリオ先生に相談いたしましたら、つてがあるとおっしゃって、それで、マリオ先生にお願いいたしました」


我が家の絵皿の紛失騒ぎを知らない千寿マリオは、知人を通じて紹介された骨董店に絵皿を持ち込み鑑定を依頼した。


「なるほど……実は、こちらも手を回していたのです」


絵皿のゆくえについて佐山さんから相談されていた私は、付き合いのある骨董店や古美術商などに絵皿の情報を送り、この絵皿は盗難品の可能性がある、持ち込まれたら知らせて欲しいと内々に伝えていた。

もしも絵皿が見つかっても、警察への通報は控えて欲しいと言い添えておいたのは、昔、同じような騒動が我が家であり、見当違いの犯人捜しで苦い思いをしたことがあったためだ。

そして今日、千寿マリオが骨董店に絵皿を持ち込んだ。

彼が昔犯人とされた男の息子だったことは、皮肉な偶然としか言いようがない。




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2 Comments

K,撫子

K,撫子  

To まあむさん

こんにちは

とうとう宗一郎の知るところとなりました。
女たちは嘆くばかり。
内々で片づけるつもりが、近衛吾郎の登場でそうもいかなくなり、いよいよ混沌。
この騒動を宗一郎はどのように始末をつけるでしょう。
吾郎の活躍となるか……

次回もお付き合いください。

2023/12/23 (Sat) 14:55 | 編集 | 返信 |   

まあむ  

おはようございます
ハラハラ、ドキドキでした。
残った女三人がどうしていたか
予想はしていましたが、案の定…(-_-;)
マリオ先生は本当に災難でしたね。
好奇心満載で着いてきた吾郎氏が
これから活躍しそうだわ~笑

2023/12/23 (Sat) 06:24 | 編集 | 返信 |   

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