もうひとつの・・・【彼と私のバラ色の毎日】 2
- CATEGORY: 短編の部屋
お疲れ様でしたと 運転手兼サブマネージャーの彼女が帰っていく
「同じマンションに住んでるんですか 徹底的に管理してるんですね」
ジュンの住まいと私の住まいを知った時 彼女はこう言って驚いたものだ
当たり前でしょう 夫婦なんだもの 同じところに住んで当然よ
でも 部屋は別 私の上の階にジュンの住まいはあるの
エレベーターの中でも 彼と私は 俳優と事務所の人間の顔
セキュリティーが完璧なこのマンションは どこもかしこも監視カメラの目が光っているからだ
じゃぁね と言って 一足先に私がエレベーターを降りた
部屋に入り 手早く着替えを済ませ エプロンを身につけたと同時に 階段から足音が聞こえてきた
メゾネット形式に改造した私たちの新居は 上のジュンの部屋と階下の私の部屋に分かれていて
二部屋は螺旋階段で結ばれている
もう降りてきたの? これから準備を始めるところなのに まったくせっかちなんだから……
一見落ち着いて見える彼だが 実は几帳面でせっかちだと 一体誰が知ることだろう
料理ができるまで待ってるよ なんて口では言いながら 部屋の中をウロウロと動き回って落ち着かない様子に
落ち着いて座ってて アジアのスターなんだから 堂々としてなくちゃ などと私が言ったところで
”これが僕なんだ!” と言い返されるに決まっている
まだ? と ときどきキッチンにやってきては 私の手元を覗き込み 料理の出来具合を確かめて
私の肩越しに嬉しそうな顔を見せてくれる
この笑顔が 仕事で抱えた苛立ちを すべてを帳消しにしてくれるのだから むげに邪魔者扱いできないのも
私の弱みかもしれない
「もう少しだから 座ってワインでも飲んでて」
「いいよ 待ってる 一人で飲むのは嫌いだ」
寂しがりやでわがままで 言い出したら引かない厄介な性格
みんなが知らない 彼の本当の姿
こんな顔を私だけに見せてくれるのだと思えば 少々のわがままも許せてしまう
出来上がったパスタを 美味しそうに頬張る彼の顔は ウソ偽りなく食事を楽しんでいる
他では決して見せないジュンの無防備な顔を眺めながら 二人だけの会話が出来るのも
私だけに許された贅沢な時間だった
「このソース 絶品だね シーフードの旨味が良く出てるよ」
「そうよ アナタ レトルトはだめでしょう パスタを作るのにも手間がかかるのよ ありがたいと思ってね」
「うん 良くわかってる ありがとう」
ありがとうの言葉を こんなにもサラリと口にされると また作ろうという気になるじゃい
わがままを言ったかと思えば こうして素直に礼を言うんだから
彼の意外性を 一緒に暮らし始めたことで さらに発見することになった
食事の片付けはあとにして シャワーを浴びて部屋に戻ってくると キッチンの皿が綺麗に片付いていた
”僕も君も仕事をしてるんだから 家事をやるのは当たり前だよ”
結婚して間もなくのころ 食事の片付けを始めた彼に ”そんなことはしなくていいのよ” と
言った私への言葉が思い出された
「結婚は発見の連続だって 誰かが言ってたよ 本当だね 君の知らない顔を毎日発見しているよ」
ベッドの中で こんな台詞を口にする男だというのも 結婚後知ったこと
ジュンの部屋は一晩中明かりがついている
帰宅しても 自分の部屋で過ごしたことなどないのに いつも照明を灯したままなのだ
「明かりはカモフラージュだよ 窓辺に僕に似た等身大の人形でも置こうかな」
なんてニヤッと笑っている
マンションの前には いついかなるときも彼のファンが立っている
ジュンの部屋を見上げ 始終うっとりと見つめているファンもいるのだから 彼があんなことを言うのも
もっともなことだと思う
どこに行っても人々の眼差しから逃れられない運命は みなが考えるより過酷なものなのだ
ファンが求める彼は 本当は彼女達が見つめる下の部屋にいて
私を抱き枕のように抱え込んで寝ているなんて 誰も知らないこと
見つめられる視線から逃れたジュンは 私の部屋では わがままになるってこともね……
・・・・つづく・・・・
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