もうひとつの・・・【彼と私のバラ色の毎日】 3

                                               


彼を初めて食事に呼んだとき 他のスタッフも一緒だった

一人で飲んでも美味しくないから持ってきました とジュンは数本のヴィンテージ物のワインを持参してきた


ヴィンテージワインって何ですか?

若いスタッフの質問に ここぞとばかりにウンチクを披露する口ぶりは 彼でなければ

きっと嫌味な男だと思うほどの説明だった



「ヴィンテージワインってのはね 自家農園又は特別契約園で栽培したぶどうを原料に使用したものなんだ

ぶどうの収穫年が確実で 収穫年が表示されているものをヴィンテージワインと言うんだ 

その中でも 特別限定ヴィンテージワインは また格別でね 5年から10年さらに寝かせる 

ラベルの劣化を防ぐために それ相当の設備が……」



ワインが関わるドラマは彼の希望でもあったが 今まで知る以上の知識を得るために勉強を始めた彼の知識は 

趣味の域を超えていた

役を作り上げていく姿勢は これまでも見て知っているけれど ことワインに関しては

事業を始めるのではないかとささやかれるほど


ジュンの目の前に座らされ 彼のくどい説明を聞かされているスタッフが気の毒になって 私は料理の手順をかえ 
早めに料理を出すことにした



「社長の手料理ですか 楽しみだな」 



彼の言葉はお世辞だろうと思っていた

けれど それは私の思い違い

その夜 私はジュンへの認識を変えることになる



料理は二の次で ジュンが持参した高価なワインを ガブガブと遠慮のない飲み方をするスタッフの横で

ジュンは行儀良くグラスを傾け ワインに敬意を払うようにゆったりと飲んでいた

彼の品の良さは こんなところにもうかがえる


グラスを口に運ぶ仕草 

ワインを唇に湿らす瞬間

濡れた唇が艶やかに反射して ゾクッとすることだってある



「この料理には このワインが合うみたいだ さすがですね 食材の持ち味が生かされている」



こんな褒め言葉と真剣な眼差しが ふいにこちらに向けられた

彼を凝視していた私は 無駄な咳払いをひとつし 彼の視線をかわした


そんな目で見ないで 反応に困るじゃない…… 


俳優は商品だと言い切る同業者もいる

けれど 私はそうは思わない

思わないが 私生活に踏み込む間柄でもないと思っていた


この夜までは……




その日 スタッフが10人ほどいたが 酔いつぶれたのか 楽しい時間を過ごしたからなのか

皆々記憶をなくすほどだったようで 後日その日のことを聞いても 誰も覚えていないという有様だった


片付けはいいから……遅くなるよと 女の子を先に帰宅させ 

役付きのスタッフには個別にタクシーを呼び帰宅してもらい

若い男性スタッフを上手く使いながら 大方の片付けをしてくれたようだ


ようだ……とは 私も記憶がなかったらしく 明け方近くジュンから聞かされたこと



いつの間に寝てしまったのか 私は朝日の差し込むベッドの中で目を覚ました

さほど飲んだ覚えはないのだが 軽い頭痛を抱えながら寝室を出ると リビングのソファに

ジュンが座ったまま寝ていた


腕を組み 長い足は投げ出すように床に伸びており 背中はソファに深く沈んでいた

メガネのない顔を見たのは初めてではないけれど 寝入った顔を見たのは このときが初めてだった

ときどきムニャムニャと動く口元が面白くて 私は彼のそばにしゃがみ 下から寝顔を観察した


メガネのない顔は 年齢よりも幼く見えるわね

これが 本来のジュンの顔なのかもしれない

常に誰かの視線を感じながら過ごさなければならない緊張感は ストレスと一言では片付けられないもの

私や年長者へももちろん礼を尽くす 若いスタッフへの気遣いも怠らない


彼自身は いつ力を抜いているのかしら

こんな顔 今まで見せてくれたことがなかったわね



「どうです なかなかの顔でしょう 目が二つ 鼻が一つ 口がひとつ……」


「ふふっ 懐かしいわね その台詞……起きてたの 昨日はごめんなさいね」


「いいえ 社長こそ 大丈夫ですか」


「酔った覚えはないんだけど 途中から記憶がないの 情けないわね」


「連日深夜まで仕事でしたからね 疲れがたまってたんですよ だから」


「それはアナタも同じでしょう 他のスタッフは?」



みんな帰しましたと 昨夜の様子を話してくれた

彼の気遣いに感謝しながら ようやくこの部屋にジュンと二人だけだと気がついた


理性の二文字が体を揺さぶった

私 寝巻き姿じゃない 着替えなきゃ


急ぎ立ち上がったのがいけなかったのか 軽い立ちくらみに体が大きくよろけた

ジュンの腕が私を支え そのまま胸の中に閉じ込められてしまった

慌てて腕から抜け出そうとする私を ジュンが引き止めた



「じっとして」


「でも……」


「眩暈を甘く見ちゃいけない 脈も速いな 横になって」



有無を言わせず私をソファに横たえ 私の頭を持ち上げると クッションを頭の下に滑り込ませ

汗が滲んでいるみたいだと 水に浸した冷たいタオルで額を拭いてくれた


眩暈じゃなくて立ちくらみよ

脈が速くなったのは アナタに抱きかかえられたから

汗は熱じゃないの 冷や汗だと思う……


ジュンに介抱される心地良さを感じながら 私は心と裏腹な言葉を口にしていた



「ありがとう もう大丈夫よ アナタも帰って 少し寝たほうがいいわ」


「僕の心配より自分の心配を……」


「考えてみて こんな時間に私たちが一緒にいたなんてこと 誰かに知られでもしたら 余計な詮索をされるわ」


「アナタの頭の中は いつも仕事のことなんだね 僕は商品ってことか……わかったよ」


「そんなこと……」



そうよ アナタはウチの事務所にとって大事な人材なのよ

自分が広告塔だってこと忘れないでね


そう言うはずだったのに 私は何を言っているんだろう

うろたえた私を覗き込むと 彼は余裕の笑みを浮かべた



「そんなことないって 本当に思ってくれてるんだったら またご馳走してください 

アナタの料理をまた食べてみたいな」


「えっ えぇ いいわ だから今日は……」


「帰るよ あっ そのまま送らなくていい 僕は明日から留守だから アナタもゆっくり体を休めて」



雑誌の取材で国外に行く彼を いつもなら無事に過ごして欲しいと心配が先に立つのに 

これから数日間は 彼と顔を合わせなくていいんだ 

彼の留守中に気持ちを立て直さなければ……

こんなことを考えるなんて 今日の私はやっぱり変だ


自分でも驚くほどの揺れる想いを抱えたまま 平然と彼と仕事で接するほど 私は強くはなかった




海外ロケから戻ったジュンは 約束だからと私の部屋を訪ねてきた

表向きは 仕事の報告……

けれど 彼本来の目的は 私の作った料理を食べること



「満足 満足 胃袋が喜んでる」


「お土産 ありがとう 素敵な石ね 置いて眺めてもいいけれど アクセサリーに加工しても良さそうね」


「アナタの肌に似合うと思うよ……」


「えっ もぉ お上手ね まっ 今日の手間賃だと思って頂く事にするわ」


「えーっ それは高すぎるよ あと何回か食事を作ってもらわなきゃ」



高すぎるって そんなに高価な物を買ってきてくれたのかしら

石の美しさより値段が気になって しげしげと眺めていると



「ウソですよ アナタの困った顔を見たかったから言っただけ……ごちそうさま また来ます」



また来ます の言葉通り彼はその後 時間をみては 私の家をたびたび訪ねてきた

仕事柄 一緒に行動することが多いので 時間調整はさほど難しくはないけれど

一緒に帰宅するのはためらわれた
 

”あとで来てね 玄関は開けておくわ 芸能記者に注意して” 

”そうだな 一旦自宅に戻って それから行くよ”


こんな極秘事項のような打ち合わせが 二人の間でかわされるようになっていた



「まるで密会だ 変装がバレないかヒヤヒヤするよ」


「気をつけてね 私だってドキドキしてるんだから」


「わかってるよ ちょっと考えてることがあるんだ それができたら もう心配はいらない」 


「なぁに どんなことなの?」


「それは秘密だよ 君の部屋に毎日だってこられる」



ジュンの口は いつしか私を ”君” と呼ぶようになっていた





                       ・・・・つづく・・・・






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4 Comments

撫子 s Room  

No title

ハナちゃん いらっしゃいませ^^

去年の企画のとき、もうひとつ書いてたの^^;
(書き始めたのはこっちが先でした)

>色んな台詞に一々頷きながらね(笑)
私も髪の毛早く切れっていつも思うもん^m^

でしょう? 言ってみたい台詞をぜーんぶ”私”に言わせてます(笑)

彼は理想の夫なの^m^
(妄想爆発です~)

年上の上司の妻・・・職権乱用? いいの いいの 何でもありだから^^

どんなジャンルも上手いって、うふふ・・・褒められちゃった♪
ありがとう!
特にこんな話は楽しいわ~~!

ハナちゃんも書いてみない?
待ってるよ~!

2009/05/14 (Thu) 23:47 | 編集 | 返信 |   

撫子 s Room  

No title

miharuruさん お返事が遅くなりました・・・

男は胃袋で掴むもの! とは、私の祖母の教えです(笑)

ジュンも例にもれず・・・^m^

彼との時間は、私にとっても楽しいのよね (社長になりきってるかしら?笑)

2009/05/14 (Thu) 23:42 | 編集 | 返信 |   

ハナ  

No title

こんばんは^^
アハハ、ご無沙汰してたら・・なでしこちゃんたら~^m^
ニマニマしながら読んじゃったじゃないの~♪

大いに楽しませてもらいましたよ
色んな台詞に一々頷きながらね(笑)
私も髪の毛早く切れっていつも思うもん^m^

Ⅱの ”僕も君も仕事をしてるんだから 家事をやるのは当たり前だよ”

これはねえ、個人的に大きく頷いた(笑)
でも、きっとヨンちゃんならこう言ってくれるだろうと思うよ

なでしこちゃんって、どんなジャンルのお話も上手いよね~こんなに甘~いお話も全然嫌み無く、それどころか気づけば食い入るように読んでる私だもん(笑)
ヨンちゃんへの愛は全く衰えていないよね^m^

でも・・この「私」は職権乱用だわー(笑)
「切れ者の女」がjoonに堕ちて行く過程を続きで読めるのね^^

なでしこちゃんの脳内妄想を楽しみに待っていますから^m^

2009/05/14 (Thu) 21:55 | 編集 | 返信 |   

miharuru  

No title

アンニョン~^^

料理で年下の彼を絡めとったのね…って私(社長)だったわね…。
忘れるくらい 彼(ジュン)との時間は、楽しく夢中だったってことね ♥

2009/05/13 (Wed) 23:03 | 編集 | 返信 |   

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