もうひとつの・・・【彼と私のバラ色の毎日】 4
- CATEGORY: 短編の部屋
部屋の模様替えでも始めたのだろうか 上の部屋からゴトゴトと鈍い音が響いていた
おじさんったら 何を始めたのかしら
近所迷惑にならないようにしてもらわなくちゃ
私の部屋の上の階に住む叔父に ”少し静かにしてね” と電話をしたところ
”あぁ そうするよ” と のんびりした返事のあとに こう言葉が続いた
”しばらく留守にするから整理をしてるんだ もう終わるよ”
もともと芸能事務所を立ち上げたのは叔父で それなりに大きくなったところで やりたいことがあるからと
姪である私に跡を譲って 本人は悠々自適な生活を送っている
大学卒業後 叔父の事務所に入って10年 仕事が面白くなってきた頃で 責任の重さを感じながらも
叔父が顧問として残る条件で事務所を引き継いだ
今度は何を始めるつもりなのかしら
若い映画人が集まるサークルを支援し 自主制作の映画を撮ったかと思えば
世界の奥地に出掛けて現地の生活を記録する 大学の研究者に同行したり
資金援助をしながら 高みを目指す志のある若者を応援していた
また有望な若者を見つけたに違いない
そう考えた私は 上の階の数日間の物音の原因を さほど気にもしなかった
国内をめぐり その道の第一人者に会い話を聞く
インタビューだけでなく 自らカメラを持参し ジュンの目を通した取材が行われていた
今回の仕事で何かをつかんだのか ここ最近の彼の仕事ぶりは 以前より精力的に見えた
ジュンと二人だけの時間を持つようになって半年が過ぎていた
彼の秘密をいくつ知っただろう
ストイックだと言われているが それは彼の頑固さが強調されたこと
一度 ”こう” と決めたことを曲げることの出来ない不器用さも ファンの目には ”ストイック” と映るのね
常に浮かべられている穏やかな笑み それは彼の仮面
表情を読み取られないようにするため 微笑というガードで自分を守っている
だって 私の前では不機嫌なことが多いもの
私の部屋に来ても 食事をしながら仕事の話をするのはいつものことで 納得のいかない点を
苛立たしげに並べ声を荒げることも少なくない
「あれじゃダメなんだ どうしてやり直しをさせないんだ!」
「スケジュールだって押してるの どこかで妥協しなきゃ……」
「妥協していい作品が出来るとでも?」
イライラと動き回る彼を何度も目にした
たまには物に感情をぶつけるときもある
そんな時は 彼に投げられたクッションを拾いながら 感情的になっている背中越しに
こう言ってみると効果的だってことも学んだ
「ブイヤベースができたわよ ジュンがワインを選んでね」
「いいよ ちょっと待ってて」
バツの悪そうな顔をしながらワインセラーへ向かう背中は 幼い子どものよう
そして オープナーでワインの口を切る仕草は 飛びっきりの大人の男の顔になる
”手料理が食べたい” というときは 私と会うための口実だってことも とっくに知っている
彼は 誰彼に本来の姿を見せることを極力避けてきた
俳優としてのイメージを保つための努力を惜しまないが 力を抜きたい時だってある
”ここにくると 僕はわがままになるようだ 君になら何でも言えるよ”
ジュンの手が 甘えるように私の肩を抱く……
わがままを言うのも 言い出したら引かない性格も 甘えたい感情の裏返し
「全部受け止めてあげたいけれど そろそろ本当の相手を探してね 私はアナタに釣り合わないわ」
「釣り合わないって? それは僕の台詞だ 君に合うように努力するよ」
彼は私の言葉を本気にしない
けれど そろそろジュンとの別れを覚悟しなければ……
今度こそ 今度こそと 何度別れの言葉を用意して彼を迎えたことだろう
それなのに いつも上手くかわされていた
今回の取材旅行から帰ってきたら 私から別れを切り出そうと思っていた
ところが スタッフと一緒の食事も断り 仕事が済むと帰宅するといってマネージャーとそそくさと帰っていく
少し前まで 時間を見つけては私のマンションに来たがったのに 他に楽しいことが見つかったのだろうか
それとも 私以外に甘える相手が見つかったのか……
彼と親密になりすぎたと考えていた私にとって ジュンの行動はありがたいことだったけれど
各地の取材が一段落したら ”やっと時間が出来た ご馳走してよ” と言われるんじゃないかと
どこかで期待していた私は 少し拍子抜けしたのだった
三日続けての休日は久しぶり
ベッドでまどろむなんてこと ここ数年体験していない
今日は何をしてすごそうか……
ジュンと会うこと以外 まったく思いつかない自分が哀れだった
友人達とは休日が合わない
結婚している友人と たまにはランチでもと思ったが 彼女らは子育てに忙しい時期
ジュンもオフのはずなのに 楽しい予定があるんだと 嬉しそうにスタッフと話しているのが耳に入っていた
今日も朝早くから 上の階では また物音がしていた
もぉ 寝てられないじゃないの!
寝すぎて気だるい体を起こし ようやくベッドから抜け出した
叔父さん 探検から帰還したのかしら?
そのうち変なお土産を持って訪ねてくるわね なんて考えたからでもないだろうけれど
”ランチでもどうだ 休みなんだろう? とびっきりのご馳走をするよ!” とメールがきた
誘ってくれるのは叔父だけなんて 寂しい休日よね
それも ”1時過ぎに私の部屋に来るように 服装はフォーマル” なんて
どこまで信じていいのか冗談めいたメール
フォーマルってことは それなりのレストランに連れて行ってくれるのかしら
でも 部屋に来るようにって 普通は女性を迎えに来るもんじゃないの?
たまには叔父の遊び心に付き合うのもいいかと パーティー用に買ったばかりのドレスを
クローゼットから取り出した
そうだ バッグも靴も この際新しい物を身につけてみよう
鏡に映った姿に ”満更でもないじゃない” と自画自賛してから 約束の時間に間に合うように部屋を出た
ドアが開き 私を出迎えてくれたのは叔父ではなかった
「どうしてアナタがここにいるの」
「君に会いたかったから」
「それじゃ答えになってないわ」
「この部屋に越してきた」
「なんですって? ちょっと待って 私何にも聞いてないわよ!」
「これで君の部屋にすぐに行ける 言ったはずだよ 考えてることがあるって」
「聞いたけど それがこういうことなの 叔父はどこ ねぇ 叔父さん いるんでしょう」
「いないよ 僕のマンションに引っ越していった」
叔父の部屋で私を待っていたのはジュンだった
”そのドレス 良く似合ってるよ” なんて 私を怒らせたいのか 飄々とした口ぶりで相槌をいれてくる
ジュンの態度に 彼に会ったら言うつもりだった別れの言葉は 綺麗さっぱり飛んでいた
「どういうこと 説明して」
「君の叔父さんと賃貸契約をしたんだ」
「どうして勝手なことをするの! 私たち 距離をおこうって……」
「君にプロポーズするためだよ さぁ 入って」
そのときの私は 操り人形のようだったと あとでジュンが例えたほど
何が起こったのか理解できず突っ立ったままの私は 手を引寄せる彼のなすがままになっていた
部屋の中に バラの花束が用意されていたことだけは記憶にあるのだけれど
その日のことは のちに思い出そうとしても なぜか曖昧で 不完全な記憶となって
私の頭の奥に存在することになる
・・・・つづく・・・・
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