【恋のカタチ】 1
- CATEGORY: 短編の部屋
締め切りは今日の午後7時まで
ゴール目前の選手のように ここぞとばかりにどんどん送られてくる。
不ぞろいの紙の端をそろえながら 書面の不備がないか一枚ずつ確認を始めた。
金曜日の夕方 定時を過ぎると 一人消え二人消え オフィスのざわめきが少しずつ減っていた。
半年前に別れた彼は 私の残業を快く思ってはいなかった。
それはそうだろう 残業のせいで 何度となく待ち合わせに遅れたのだから。
他に好きな子ができたとあっさり告げられ 佳織の会社は女の子も頑張れば良いポジションに就けるんだろう
頑張れよ なんて嫌味まで言われた。
彼の勝手な言い分に腹がたったけれど 頼まれると嫌とは言えない厄介な性格なのだから仕方がないか
と彼との別れに理屈をつけた。
「あと お願いできるかな 今日は早く帰らなくちゃいけないの」
「いいわよ」
「ごめ~ん」
「気にしないで」
「ホント? 佳織ちゃん ありがと じゃっ」
智里ちゃんの言い訳の半分は口実だとわかっている。
一昨日は ”お母さんに頼まれた買い物があって 今日でなきゃいけないんだ ” と言っていた。
先週は ”頭が痛くて 今日は帰るね” とも言ってたっけ。
智里ちゃんと私は同じ名字だった。
一之瀬……ありふれた名前ではないのに 同期で同じ部署に配属され そんなこともあり
私たちは名前で呼ばれていた。
智里ちゃんだけじゃない みんな私に仕事を頼んでくる。
それらを引き受けるのは決して嫌ではない むしろみんなに頼られるのは気持ちのいいことだった。
私を必要としてくれる人がいる そう思うだけで心が満たされるのだ。
”困っている人がいたら手を貸してあげなさい”
小さい頃から母に言われたことを ずっと守ってきた。
そのために 恋人と別れたことなどたいしたことではない。
私が手を貸してあげれば みんなの気持ちも軽くなり 私は必要とされているとの自尊心も保たれた。
「佳織ちゃん 頼みたいことがあるの 子どもが怪我をしちゃって 午後から病院に行かなくちゃいけないのよ
悪いけど これ 頼めないかな」
「お子さん 大丈夫ですか 早く行ってあげてください」
佐々木さんはシングルマザーで頑張っている先輩で いつも時間を気にしている。
その日も 私を拝むように手を合わせると 駆け足で帰っていった。
こんなとき ”役に立ててよかった” と思う。
注文書の確認をしていると 見慣れない様式の注文書が何枚か見つかった。
まただ……
新商品の発売にあたり FAX番号が増えてからと言うもの 番号が似ている会社があるらしく
ときどき送信ミスのFAXが入ってくるようになった。
それらをよけてクリップで留める。
みると もう20枚以上にもなっていた。
このままにしておくのもどうだろう
もしかして 向こうの会社では お客様とのトラブルになっているかもしれない
そう考えると 送信ミスの注文書が とても大事な物に見えてきた。
用紙を確認すると 下の方に 送り先の番号が小さく印字されていた。
ウチの会社と 下一桁が一番違いの番号……だから送信ミスが多いのね。
会社名を頼りに所在地を調べたところ 思いのほかここから近いところにある会社だった。
転送しようかと考えながら そうだ……と思いついた。
” 貴社への注文書が 弊社に誤送信されております のちほどお届けいたしますので ご処理方 お願い致します ”
会社名と名前を記入し 相手の会社に送信した。
仕事を終えると 私は送信ミスの束を持って会社を出た。
翌週 出社すると 私の机の上に数枚のFAX用紙がのっていた。
” 一之瀬様
昨日はありがとうございました こちらにも貴社への注文書が届いておりますので 転送いたします
担当 小嶋 ”
一番違いの番号ということは こちらへの注文書も向こうに届いている可能性があるということ。
届けるだけでなく こちらの分の誤送信も届いていませんかと確かめるべきだった。
自分の片手落ちの親切に落ち込みながら 転送してくれた小嶋さんに お礼を送った。
” お手数をおかけいたしました ありがとうございました 一之瀬 ”
” 昨日 受付に届けてくれた一之瀬さんですね 今度は僕が届けます 小嶋 ”
すぐに返信があり 私信のような親しげな一文に 自然に顔がほころんでいた。
女性だとばかり思っていた小嶋さんは男性だった。
今度っていつかな……
一枚のFAX用紙から何かが始まりそうで 期待が膨らみ始めていた。
その日から 私と小嶋さんのやり取りが始まった。
