【違反切符】 1 ― お袋の陰謀 ―



電話のたびにお袋の小言を聞かされる



「アンタ いい加減に彼女を連れてきなさいよ」


「そんなのいないよ……」


「本当にいないの? 情けない男ね じゃあ見合いでもしなさい!いい?」



なんでそうなるんだよ

彼女がいなくて悪いか

遊ぶ友達はいるし 会社に女の子だっている

結婚して家族のために働いて 自分の時間はなくなって 金だって自由にならない

そんなの 当分願い下げ

心の中で お袋に悪態をつく



「それで 今度はいつ帰ってくるの?彼女を用意しておくから」


「用意しておくって ゴールデンウィークに帰るよ けど いきなり見合いなんて イヤだからな」


「わかった ちゃんと先に連絡するから 帰ってくるときは背広を持ってきなさい いいわね」



畳み込むように話すお袋

彼女を探しておくって そんな都合よくいくもんか

桐原 高志  30歳  公立大学卒  会社員

結婚の意思 全くなし

お袋には4月29日に帰省すると知らせたのに 見合いの話は出なかった

彼女を準備しておくなんて言って 結局見つけられなかったんだな

そう 簡単に見つかるもんか

帰省の飛行機の中でほくそえむ

のほほんとした気分もあと1時間ほどだとは まだ知らずにいた俺 

お袋を甘く見ていた俺の 読みの甘さを知らされるときが近づいていた



実家は空港から車で40分ほどのところにある

いつもなら親父が迎えに来るのに どうしたことか 今日はお袋が来ていた

運転なら俺の方が上手い お袋を助手席に乗せ走り出した



「アンタ 背広は持ってきたわね 帰ったらすぐに着替えてプラザホテルのラウンジに行きなさい

約束は2時だから あんまり時間はないわよ」



はぁ~?今なんて言った? 自分の耳を疑った



「母さん 何の話だよ まさか見合いじゃないよね 俺 聞いてないよ 

事前に知らせるって約束だったじゃないか!」


「だから いま言ってるでしょう 扶美子おばさんの紹介だからね 時間に遅れないでよ」


「母さん それないよ! 約束が違うじゃないか!」



怒りで運転に集中できない



「高ちゃん ほら 信号が黄色よ 注意 注意」



クソーッ お袋のヤツ とぼけた顔をしてなにが注意 注意だよ



「簡単に彼女の経歴を話すわね 写真はこれよ ほら 結構美人でしょう?」



そういって 運転している俺の目の前に写真を差し出す。



「危ないじゃないか!」



お袋が勝手に見合い相手の経歴を話し出した



「名前はね 杉村和音さん 大学を卒業後……」 



勝手に言ってろ! 

絶対行かないからな

なんで いきなり見合いなんだよ

あームカツク

でも、扶美子おばさんの紹介って言ってたよな

大学時代 散々世話になったな

くそっ 断れないシチュエーションじゃないかー

家に着くと 親父が ”ヨッ” と手を上げて俺を迎えてくれた



「父さん 母さんに仕組まれたよ」


「まぁ 気楽にいけばいいさ 扶美子おばさんによろしくな」



父さんの顔は 俺を哀れんでくれているようだった

我が家の男は あのお袋にはかなわない

「ゲリラ見合い」 そう名づけた 

そっちがその気なら こっちだって考えがある

扶美子おばさんの顔を立てて 見合いはする

だが ゲリラ的に仕組まれた事情を話して断る

相手だって こっちの事情を知れば気の毒に思ってくれるだろう

うん いいぞー 

誰がこんな手にのるもんか


ホテルに着くと 扶美子おばさんが「こっち こっち」と手招きしてるのが見えた

若い女性 それからもう一人 年配の女性が一緒だ

おっ 結構美人だよ それに笑った顔がかわいい子だな~

笑った顔が良い子って無条件にいいよな

いかん いかん 

今日は何が何でも断るんだ 

容姿に惑わされてその気になったら それこそお袋の思うツボだ

挨拶をして席に着くと 話が始まった



「高ちゃん こちらね 私の同級生の杉村さんと姪の和音さん 

同窓会でアンタの自慢をしたら 杉村さんが 私にも自慢の姪っ子がいるのよって 

それで アンタのお母さんに話をしたのよ」


「はぁ……」



なんて間抜けな相打ち でも 他に答えようがない

彼女も この話は初めて聞くみたいで 楽しそうに会話に加わっている

ふぅ~ん おばさん二人を相手に 楽しそうに話をする子だな

媚びてるようでもないし ニコニコと相槌を打ちながら ちゃんと会話してるよ

この子なら 嫁姑の確執なんてなさそうだな

うん?俺は何を考えてるんだ?

母さんの陰謀に まんまと引っかかるところだったぞ

取り留めのない会話が途切れた頃

扶美子おばさんが 見合いでお決まりの台詞を言う



「後は 若い人同士でお話をしてね 年寄りは引っ込むわ」



そして 俺と彼女は取り残された




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