【違反切符】 3 ― 彼女の過去 ―
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布団の中で うだうだして過ごす
目は覚めてるが 起きて下に行くと お袋の説教を聞かされそうだ
彼女との待ち合わせは3時 出かけるギリギリの時間に下りた
「アンタ ちゃんと考えてるんでしょうね」
ほーら始まった これだから起きるのがイヤだったんだ
お袋の言葉に答えず テーブルの上にあるパンを口に放り込む
「高志 ねぇ 何とか言いなさい! 相手があることなのよ
アンタがハッキリしないと 先方さんにも申し訳ないでしょう」
お袋が ”高志” と呼ぶときは機嫌が悪いときだ
「わかってるよ じゃ 行ってくるから」
邪険に答えて さっと背を向けて部屋を出た
お袋が俺の背中に向かって 何か言ってるよ
なんで あんなに結論を急ぐんだ?
息子の人生 そんなに簡単に決めていいのかよ
車庫に行くと 親父がゴルフの素振りをしていた
「ガソリン 満タンにしといたからな」
「ありがとう 父さん」
「気をつけていけよ」
「うん」
男同士の会話は簡単でいい
気持ちが少し和らいだ
昨日と違ってお互いラフな格好だった
彼女の着ているニットが 腰のくびれを強調している
ドキリとした
「桐原さんの足長ーい 私とこんなに違いますよ」
手で”これくらい”と長さを示す
彼女の口から 昨日より親し気な言葉が出てくる
海岸の倉庫街
古い倉庫を改築して たくさんの店が並んでいる
最近出来た場所で 観光客に人気があるらしく
行きかう人の言葉のイントネーションが様々だ
倉庫街の前の堤防が整備され 遊歩道ができていた
歩きながらいろんな事を話した
「昨日大丈夫でした?まさか 家におばが待ってるなんて
帰ってから ずーっと質問攻め うんざりして さっさと寝ました」
「あはは 僕と一緒だ こっちも同じ お袋とおばさんに責められてまいったよ
次に会う約束をしたら”承諾しました”ってことだなんて 信じられないね」
彼女が ”そうそう” と頷く
二人で おばさん達の”理解に苦しむ”言動に呆れながら
互いに昨夜の出来事を話す
「私がいつまでもウジウジしてるからって どんどん話を持ってくるの 困っちゃって」
「ウジウジって なにかあったの?」
「えへへ……私 去年の秋に失恋したんです 相手の人が二股かけてるのを知らなくって
バカみたいでしょう?」
そう言って彼女は首をすくめた
「うぅん そんなことないよ……」
慰めにもならない答え
本当はずいぶん苦しんだんだろうな
サラッと言えるようになるまでに どれくらいの時間がかかったんだろう
二股って事は 相手の男はもう一人の女性を選んだんだ
言いようのない怒りがこみ上げてきた
そんな二股男なんて 別れて良かったんだよ
夜の水族館
思ったよりも人が多い それもカップルばかり
館内は照明を落とし 水槽の魚たちが幻想的に見える
ジンベエザメは今夜も悠々と泳いでいた
夜は深海魚たちの世界
デンキナマズの光は 昼間見たときより華やかに輝いていた
怪しげな光を放つ魚を面白そうに見入る彼女
驚いたり感動したり 笑ったり顔をしかめたり 表情がくるくる変わる
彼女の表情を見ているだけでも楽しくなる
大きな水槽を遠巻きに見ているときだった
どこからか 女性の甲高いしゃべり声が聞こえてきた
「ちょっと見てよ おっもしろーい あの魚変な顔 不細工ね
こっちのなんて なに これ 気持ち悪いわ よくこんなのを人に見せるわね 信じらんない
ねぇ ここじゃ見えないからあっちに行こうよ ほら 早く来てー」
声のほうを向くと お腹の大きな女性が 連れの男の腕を引っ張りながらこっちに来るのが見えた
なんだ~?
みんな静かに鑑賞してるってのに あの場違いな女は
連れはダンナか?女房の言いなりだよ
「なんか 嫌な感じだね」
そう言って彼女を見ると 彼女の顔が強張っている
一点を見つめた目が怖いくらいだった
彼女の視線の先をたどると さっきの夫婦連れ
男の方と彼女の視線が絡む
「知り合い?」
「えぇ……」
その苦しげな声にハッとした
あいつが二股男だ!
「和音さん 行こう」
相手の男に聞こえるように 彼女の名前を呼んだ
とにかくこの場を立ち去りたかった
とっさに彼女の手を握り 引っ張るようにして歩き出す
握った彼女の手のひらが ひんやりしていた
無言のまま 俺に引っ張られ ただついて来る
さっきの彼女の言葉を思い出していた
確か 失恋したのは去年の秋だって言ってたよな
おしゃべり女の腹は かなりでかかったぞ
今にも生まれそうな妊婦だったじゃないか
ってことは 別れた原因は相手の女の妊娠か?
無性に腹が立った
なんでだよ なんでだよ
それじゃ 彼女の方が妊娠してたらこっちと結婚したって事か?
そこまで考えて あることに気づく
和音さん あの男とそういう関係だったんだ……
胸が苦しくなってきた
自分だって女性と付き合った事がないわけじゃなかった
同じじゃないか
だけど だけど
俺 矛盾した事を思ってるよな
あいつらと同じフロアにいるのがイヤだった
エスカレーターに乗り 最上階の展望レストランヘ行く
「コーヒーでも飲もうか」
レストランに入ろうとしたら またさっきの声が聞こえてきた
「ほら こっちよ こっち」
ダンナを引っ張る あのけたたましい妊婦が視界に入った
「出ようか」
彼女が頷いて同意した
「ごめんなさい 桐原さんにまで嫌な思いをさせちゃいましたね」
帰りの車の中で ようやく彼女が口を開いた
重苦しい雰囲気が二人を包む
この空気 なんとかしなきゃ
「明日は 足を伸ばして岬の植物園に行ってみようよ お袋が言うには
世にも珍しいでっかい花があるんだって」
彼女がようやく笑った
「世にも珍しい花って ラフレシア?私も見たいな じゃあ お弁当を作ってきますね」
こうして3日目の約束もした
その後 俺たちは二日間遠出をした
親やおばたちからは やいのやいの言われたが そんなの無視
楽しい時間は あっという間に過ぎ去っていく
決断を迫られるときが近づいていた
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