【違反切符】 4 ― 高志の決断 ―


その日は 珍しく親父の方から話しかけてきた



「おまえ 相手のお嬢さんを気に入ってるのか?」



親父もお袋から散々言われたらしく やむなく俺に聞いたようだ



「気に入ったのかと言われれば そうだけど・・・だから、今すぐに結婚ってのもなー

まだ お互いに知らないことも多いよ」



これが本心

俺たちはまだ出会ったばっかりだ

曖昧な気持ちで結婚なんかしたら相手にも失礼だよ

結論を出したくなくて あれこれ考えをめぐらす

なんでそんなに結論を急ぐんだ



「高志 おまえ大事な事をわかってないようだな・・・見合いをするって事は 結婚が前提なんだぞ」



そういわれても 決められないものは決められない

親父の言葉には返事をせず家をでた





今日は 会社の連中への土産を買うために繁華街に出掛ける

彼女も付き合ってくれるそうだ

結局これで5日間一緒に過ごすことになる

運転しながら 親父の言葉が引っかかって モヤモヤしてる

ゲリラ見合いに抵抗して 何が何でも断るつもりだった

だけど いざ対面したら案外良い子で すぐに断る気も薄らいだ

見合いを受けたってコトは 結婚を前提か……

言われてみればそうだよな

結婚かぁ……

ここにきて 急に現実味を帯びてきた

そういえば 彼女は俺の事をどう思ってるんだろう

嫌いじゃないから毎日付き合ってくれるんだよな

じゃあ 俺のどこを気に入ってくれたのかなぁ

思わずニヤニヤしている自分に気づく

急に恥ずかしくなりオーディオの音量を上げ アクセルを踏み込んだ



「今日はありがとう 助かったよ 少し休もうか」



アイスコーヒーの氷が クラッシュアイスになってるわねと 彼女がはしゃぐ


今日まで 互いに水族館のことには触れなかった

彼女に聞くか 聞くまいか悩んでいたら 彼女の方から話し出した



「水族館で会った彼がそうなの 前に付き合っていた人……」


「うん そうだと思った」



アイスコーヒーを飲み終えたグラスを 所在なげにかき回す

静けさがたまらなくイヤだった



「あの時 私の名前を読んでくれたでしょう 嬉しかった

桐原さんに出会うまで 心のどこかに彼がいたような気がするの でも あれで吹っ切れちゃった」



そう言うと 肩をすくめて 残りのアイスコーヒーを飲み干した

いま 吹っ切れたって言ったよな?

吹っ切れたって 今は俺の方に気持ちが向いてるってことか?

彼女の気持ちを確かめるチャンスかも

何か言わなきゃ でもなんて聞いたらいいんだ

”僕のことをどう思ってますか”なんて 直接的過ぎるし

うゎ~なんか体が熱く火照ってきたよー

ガシャガシャと また氷を混ぜる



「さっきのお菓子ね 風流庵の新作菓子なの

お値段も手ごろで美味しくて 売り切れて買えない日もあるみたい」



気まずい空気を察したのか 彼女が話題を変えた

そのまま 一緒に人気の菓子の話をしてしまう

あー俺ってなんでかな こんな話をしたいんじゃないのに 愛想良く相槌をうってるよー

一緒にいて とても楽だ すごく美人ってワケじゃないけど かわいいし 笑顔がいい

彼女が一緒だったら何をするのも楽しいだろうな~

ふと 結婚後の様子が頭に浮かんだ

エプロン姿の和音さんが

「おかえりなさい」って玄関まで迎えに来るんだ

夕食の準備ができてて……

うぁっ 俺 何を想像してんだろ

ワケもなく顔をパンパン叩く

彼女が不思議そうな顔をして覗き込んでいた





彼女の家は 海を望む高台の住宅地の一角にあった

5日間通った道は 見慣れた風景になっている



「明日は 何時の飛行機ですか」


「最終便 19時発だったかな なになに 和音さんが空港まで送ってくれるの?ラッキー」



そんなこと頼めないけど わざとおどけて言ってみた

ところが 彼女から思わぬ言葉が



「えぇ いいですよ じゃあ明日4時頃でいいですか?」


「えっ? 冗談だよ 本気にするじゃないか いいって いいって」


「あら 私 本気ですけど……それとも迷惑?」


「迷惑だなんて……それじゃあ頼もうかな」


「了解!」



真面目な顔して敬礼をしてる

その顔 おかしいよー 笑いがこみ上げてくる

彼女もつられて笑い出す



違う こんなこと話したいわけじゃない

もっと大事なことを話さなきゃ

明日は東京に帰るんだ

うーん そうだなぁ 

”お互いを良く知ってから結論を出しましょう!”

”このままもう少し付き合ってみませんか?”

こんなところかな

彼女だって 会って5日間で答えを出せなんて迷うだろうし

でも、どんなふうに切り出そう

どんどん彼女の家が近づいてくるよー

あーもういいや 明日空港に行くときに話そう

今夜はナシ!





「そこの公園で止まって! 喉が渇いちゃった」



住宅地のはずれにある公園は 海が一望できる展望台にもなっていた

暗い外灯に ブランコと鉄棒が照らされている

公園の隅に ひっそりとある自動販売機



「コーヒーで良いですか?ちょっと待っててくださいね」



自販機でコーヒーを買った彼女が車に戻りかけて 思い立ったように公園の奥へと歩き出した

程なく 車で待つ俺に”きて きて”と手招きをする

呼ばれて行くと 缶コーヒーを渡しながら ”ほら”と眼下を示す 

その先を見ると……

うゎ~夜景だ!



「ここね 穴場なんですよ 花火大会のときなんて わざわざ会場に行かなくてもここで見られるの」


「へぇーそうなんだ ここ特等席だよ」



もらった缶コーヒーをあけて飲んだ

俺がブラックしか飲まないのを ちゃんとわかってくれている

そんな 些細なことが嬉しかった

自販機横のゴミ箱めがけて空き缶を投げると

カランカランと いい音をいわせて缶が収まった



「ふふん なかなかの腕だろう?」



そう言って彼女の方を振り向くと なんだか様子が変だ

缶コーヒーを握り締めて 下を向いたまま身じろぎもしない



「どうしたの?」


「毎日帰るのが憂鬱で また今日も同じことの繰り返しかなって

母もおばも 返事はどうしたのと そればかりで……」



いまだ 今聞こう!



「和音さん 僕らはまだ出合って間もないよね お互いを良く知ってから結論を出しませんか

このまま もう少し付き合っていき……」



俺の言葉が終わらないうちの彼女の声が被った



「桐原さんはそれで良いかもしれないけど 私、毎日毎日 母とおばから言われて

桐原さんって アナタに何にも言わないの? ただズルズルと会ってるだけじゃないの?

そんなハッキリしない人は お断りしなさいって」



えーっ なんでそうなるの!

お断りしなさいって 勝手に決めんなよ

ちょっと待ってくれ

あれっ 涙?

彼女の手に ポトン ポトン と落ちてきた

大粒の涙が だんだん加速するかのように

次から次へと落ちてくる

うわぁ~どうしよう

落ち着け 落ち着け
 


「私も桐原さんの気持ちがつかめなくて……そうなのかなって……」


心臓が”ドクン”と鳴った そんなこと考えてたんだ

でも そうだよな

俺だって 毎日毎日お袋たちに責められて

俺は男だから 「うるさいよ!」で済むけど

和音さんにとったら 針のムシロだったかも

缶コーヒーを握り締めて静かに泣く彼女が

たまらなくいとおしくなった

今日まで一人で頑張ってきたんだ

そんなに不安にさせてたなんて

缶コーヒーごと彼女を抱きしめた

彼女の肩が揺れて だんだん嗚咽がもれる 声を押し殺すように泣いている



「ごめん……」



しばらく抱きしめたまま 彼女が落ち着くのを待った



「俺のこと嫌いじゃないよね」



腕の中の彼女が”コクン”と頷いた



「このまま付き合ってもらえるかな」



また頷く



「上手く言えないけど 俺 すぐに結婚って考えられないんだ

和音さんがイヤとかじゃなくて もっと分かり合えたらって思ってる

でも お母さんたちもそれじゃ納得されないだろうから

明日 和音さんのお母さんたちに俺の気持ちを話すから

まだちゃんとしたお返事は出来ませんが 結婚を前提にお付き合いさせてくださいって

それでいいかな?」



彼女が 何度も 何度も 頷いた

抱きしめていた手をほどくと 涙でいっぱいの笑顔が見えた



「もう大丈夫だから えへへ……こんな顔じゃ帰れないわね 顔を洗ってくる」



泣き笑いの表情を隠すように くるりと背を向けて 公園の水道へ走っていった



お袋 俺の負け お袋の策にまんまとハマったよ

うん 覚悟を決めた!

彼女を送り届けて家路に着く

連休中の道路は 思いのほかすいていた

別れ際に触れた 彼女の唇の感触が まだ残っている

彼女の顔が浮かんでは消え また浮かぶ

信号待ちで 自分の唇に手を当ててみる

うわ~~恥ずかしい

俺 中坊のファーストキスの後みたいだ

青信号になった

アクセルを踏み込み 勢いよく飛び出し 更に加速した

あれくらいで興奮してどうするんだよ

いつしか 後ろにピッタリくっつて走る車が一台

バックミラーに写る

程なくサイレンの音

覆面パトだった



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