【違反切符】 5 ― 幸せの予感 ― 前編

   

帰り着いたのは 彼女と別れて2時間近く経ってからだった

家に入ると お袋の1オクターブ高い声が待っていた



「高ちゃん 遅かったじゃないの 心配してたのよ」



言い訳を考える間もなく 次の言葉が襲ってきた



「ついに決めたのね お母さん 嬉しくて嬉しくて さっき杉村さんのおば様からお電話を頂いて もう

ビックリよ」



いつもなら うざったい騒音にしか聞こえないお袋の声が

今日はそれほどイヤじゃない

しゃべるだけしゃべらせておけばいい

お袋の横で 人事みたいに新聞を読んでいた親父が 

ついと顔を上げて

指で丸を作る

お袋に気づかれないように 同じ仕草を親父に返した

男同士 意思の疎通完了

お袋のおしゃべりは一向に止まらない



「明日 あちら様にご挨拶に伺うんでしょう? お母さんたちも行った方が良いわよね

あら 困ったわ 何を着て行こうかしら

その点男の人はいいわね いつでもどこでも 背広があればいいんですからね」



ほっておくと とどまるところを知らないようだ



「いいよ 明日は俺だけ行くから 母さんたちは ちゃんと決まってから出てきてよ」


「アンタ 何言ってるの ちゃんと決まってからって もう決まったことじゃないの

親が挨拶もしないなんて こんな失礼なことないのよ」


「いいって 明日は一人で行くから 母さんたちが急に行ったら 向こうだって迷惑だよ」



まったく 親が横にいたら 言いたいことも言えないよ

それに 親を引き連れて”結婚を前提に交際を許してください”なんてこと 恥ずかしくて言えやしない



「だって高ちゃん それじゃ」



それまで静観していた親父が お袋を制した



「まぁいいじゃないか 高志の気の済むようにさせてやればいい」



親父の一言でお袋がシュンとなった

それでもブツブツ言っていたが やがてあきらめたのか 台所の片付けを始めた。

毎晩怒りながら上っていた階段を 今夜は”トントントン”と軽快に上る

携帯を見ると 和音さんからのメールが2件着信されていた



『さっきは急に泣いたりしてごめんなさいね でも 高志さんの気持ちもわかったし 安心しました

母たちに報告したら(今夜もおばが待ってたの!)狂喜乱舞って感じで 

さっそくそちらにお電話してました では 明日待ってます 和音』



『いつもなら すぐに返信が来るのにどうしたの?何かありましたか?

まさか事故とかじゃないですよね 心配してます 和音』



”高志さん”って 初めて呼ばれたな はは……照れくさいぞ

自分のにやけた顔が ガラス窓に映ってるのが見えて 慌ててカーテンを閉めた

心配してるよな メールより電話の方がいいか



「もしもし メールありがとう いま 帰って来たんだ」


「あっ うん ちょっと待ってね」



そばに誰かがいたのか 移動する気配を感じた



「ごめんなさいね リビングにいたの いま自分の部屋に来たから大丈夫

メールの返事が来ないから心配になっちゃって メールしたんだけど」


「そうだと思った  ごめん ごめん メールに今気が付いたんだ ちょっとあってね」



スピード違反で覆面パトに捕まった事を話した

気分良く飛ばしてたら いつの間にか後ろにいた車の上に赤いランプ

程なくサイレンの音と ”そこの車 左に寄って止まりなさい”のマイクの声

止められて 質問されて 免許証の提示を求められて

青い切符を渡された



「まいったよ もう少しで赤の切符だったからね それだと当分運転できないし 簡易裁判所行きだもん

な~」


「青い切符だとどうなるの?」


「罰金を振り込んで終わり あっ 点数も加算されるか」


「そうなんだ 大変だったのね でも気をつけてね」


「うん 気をつけるよ でもさ 心配してもらうのって なんか嬉しいな」


「もう 変なコト言わないで こっちは真剣に心配したんだから」



彼女のちょっと怒った声が聞こえる

いつもなら 違反切符を渡されたらへこむけど こんな会話で気持ちが楽になるんだ・・・



「明日11時ごろ行くよ いいかな?」


「うん わかった」


「メールにさ 初めて俺の名前を書いてくれてたね これから名前で呼んでよ 

俺なんて最初っから”和音さん”って呼んでるんだけどな~」


「え~っ……う~ん 高ちゃんじゃダメ?」


「それだけはやめてくれー お袋に呼ばれてるみたいだよ」



カラカラと 弾けるような笑い声が聞こえた 笑い転げる彼女が見えるようだった

彼女とだったら これからも楽しく過ごせそうだ





翌朝 8時頃 お袋にたたき起こされた

まだ寝かせてくれと抵抗したが



「ほら起きて 起きて 髭もそって その頭を何とかしなさい 

ご挨拶に行くんですからね シャキッとした顔で行かなきゃ 

シャツもノリを効かせて バリッと仕上げておいたわよ」


「えっ?背広で行くの? 普段着で良いよ」


「なに言ってんの それじゃ恥をかくのはアンタなの!

ただでさえ あちら様には申し訳ないことしてるのに これ以上 醜態をさらさないで頂戴」



言いたい放題のお袋を横目に見ながら洗面所に向かった

背広かよ あー気が重いなぁ

出掛けに 全身をくまなくチェックされ 立派な菓子折りを持たされた


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