【違反切符】 5 ― 幸せの予感 ― 後編
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背広で来たのは正解だった
彼女のお父さんをはじめ お母さん おばさん
それに結婚して近くに住んでいる お姉さん夫婦まで勢ぞろい
和室に通されて お袋に言われたとおり 手をついて挨拶をした
「ご挨拶が遅くなりました 初めまして 桐原高志です」
後のコトは良く覚えていない
ただ……
「和音さんと 今後は結婚を前提に お付き合いさせていただきたいのですが・・・」
「こちらもよろしくお願いします さぁ堅苦しい挨拶は もういいでしょう」
彼女のお父さんの言葉だけが 鮮明に思い出される
食事が出されたが 緊張の中で食べた食事は 味を感じる余裕もなかった
おばさんや お母さん お姉さんの質問攻めにもあった
「おいおい あまり桐原君を責めないでくれ こっちのパワーに押されてるじゃないか
男にとって この日が一番緊張するんだ 私も昔そうだった 義則君もそうだっただろう?」
お父さんが お姉さんのダンナさんにも同意を求める話がでて 場が和んだ
「はぁ~緊張したー こんなに緊張したのは入社試験以来だな」
彼女の家を辞して 駐車場に向かう途中 やっと体の強張りがとれた気がした
彼女が そっと手を絡めてきた
「ご苦労様 うふふ 高志さんカッコよかったわよ でもね ウチのお父さんも 相当緊張してたのよ
朝から家の中をウロウロして お母さんに ”アナタ 少し落ち着いてください”なんて言われてたんだ
から」
夕方 俺を迎えにやってきた和音さんを お袋が強引に家に招きいれた
さっきの俺とは違い
「初めまして 杉村和音と申します よろしくお願いいたします」
流れるように挨拶をしている
「ご丁寧にありがとうございます こちらもよろしくお願いしますね
こんな素敵なお嬢さんが よくもウチのボンクラ息子とお付き合いして下さる気になったわね
もったいないわ~ ねぇお父さん」
なにが”ボンクラ息子”だよ 自分で仕組んだ縁談のクセに よくもそんなこと言うよ
和音さんはと見ると 初対面の俺の両親とも 余裕で話をしている
互いの両親にも受け入れられたってことか
このまま結婚話が進んでいくんだろうなぁ
漠然とではあるは 自分が結婚を決めたのがわかった
夜の空港は意外に混んでいた
「Uターンラッシュが始まってるのね 座る場所もないくらい」
繋がれた手を 前に後ろに振りながら彼女が言う
人であふれかえっているロビーは 息苦しいほどだった
「展望デッキに行ってみようか」
飛行機が 立て続けに飛び立ち 夕暮れ時の空に吸い込まれていく
空港ロビーの混雑がウソのように 展望デッキには人気がなかった
建物内の空調の効いた快適さはなかったが 外の風は案外心地よかった
「今度は東京に遊びにおいでよ 案内するよ」
「本当? うーん それじゃ 来月ね 横浜で友達の結婚式があるから寄ってもいい?」
「へぇー横浜に来るんだ」
「そうなの 同級生二人と一緒なんだけど 彼女たちは結婚式の次の日 ディズニーランドに行くって言ってたから
私 どうしようかな~って考えてたの」
「和音さん 一緒に行かなくていいの? なんなら 俺がそっちに行くよ」
「あっ いいの 私ね 絶叫系の乗り物苦手で 遊園地で遊べないの」
「遊園地ダメなんだ そうか 残念だな~」
「残念って 高志さん もしかしてそんなの大好きだったりする?ごめんね つまらないヤツでしょ
う?」
彼女の不安そうな目がこっちを窺っている
「そんなことないよ 遊園地じゃなくても楽しめるところを探せばいいじゃないか」
「ありがとう・・・よかった~ じゃあ 日程がはっきりしたら知らせるわね」
デッキに搭乗案内のアナウンスが響いた
「そろそろ行ったほうが……」
そう言って デッキ出口に歩き出した彼女を抱き寄せた
「当分会えないね……」
彼女が”うん”と言って 俺のシャツを握り締めた
「電話するよ 毎晩じゃ迷惑かな?」
腕の中で”うぅん”と首を振る
「俺 帰りが遅いけど 帰ったらメールするから それでいい?」
下を向いていた顔を持ち上げて 俺の顔をまじまじと見て言った
「うん それでいい メール待ってるね」
その顔に ゆっくり顔を近づける
目を閉じた彼女の顔は 俺を静かに受け止めた
搭乗口まで見送ってくれた 彼女の潤んだ目が思い出された
別れるのがこんなに寂しいなんて
いままでは 帰省しても 三日もたてば暇で 東京が恋しくなったのに 今日は ここを離れるのが辛い
六日前の自分からは想像もできない心境だよ
寂しいけど 体の中は暖かい 誰かを想う気持ちって こんなに複雑だったかな
センチな気分に浸った自分が可笑しくなって だんだん顔が緩んでくる
上昇を続ける機内で 安全のため正面に座っている客室乗務員が 怪訝そうな顔をして 俺を見ていた
遠距離なりに交際を続けた俺たちは 1年後に結婚した
「見合いなのに こんなに間をおくなんて」
親やおばさんたちにイヤミを言われながらも 自分たちの意見を通した
あの後 すぐにでも結納を交わしたいと言ったお袋を叱りつけ
頼みもしない式場探しに奔走した 扶美子おばさんを説き伏せ
二人で話し合って事を進めた
新婚旅行から帰ってきて 新居を整理していた彼女が
”ちょっと これ見て”と持ってきた物 「違反切符」
「あのときさ 話さなかったことがあるんだ 実は……」
思い出し笑いとともに浮かぶ あの出来事
「パトカーの警察官が面白い人でね
”こんなにスピードを出して、何か嫌なことでもあったの?”って聞くから
”いえ、良いことがあったんです 彼女にプロポーズしてOKをもらったんで”って答えたら
”それは おめでとう!”って
そして 握手を求められて 違反切符をもらったんだ」
「あら あれってプロポーズだったの?」
「そのつもりだったんだけど……」
”ふぅん~”と言いながら、違反切符をヒラヒラさせていたが
やがて
「これ 記念に取っておきましょうよ」
そう言うと 紙の皺を丁寧に伸ばし
アルバムの一ページに貼り付けた
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