【ボレロ】  二楽章 22   - con abbandono - コン・アバンドーノ (思うままに) 前編



我が家のしきたりというほど大袈裟なものではないが、大晦日から正月二日まで、家族と一緒にホテルで過ごすことになっている。

幼い頃は旅行気分でそれなりに楽しみだったが、中学高校になると親と一緒の旅行など鬱陶しさがあり、どうやって逃げ出そうかと画策したものだ。

年末年始に行われる学習会と称した宿泊セミナーは、親の目から逃れるチャンスとばかりに意欲的に参加した。

考えることはみな同じらしく、似たような家庭環境の同級生に誘われ参加したのが最初だった。

勉強の振りさえしていれば何ら問題はなく、セミナー自体はホテルの一室に缶詰だが、宿泊のために与えられる部屋は個室で、誰に指図されることもなく冬休みを過ごせるのだ。

プライベートタイムの自由に味をしめ、夏のセミナーとともに皆勤賞という真面目さだった。

夜の自己学習時間後は、各々の部屋を訪問してはコソコソと肩を寄せ合い、いかがわしい話も繰り広げられていたのだが、男子だけのセミナーであることが親の安心を買っていたようで、我々にとっては格好の集いの場になっていた。



「宗らしい発想ね。セミナーには潤一郎さんも?」


「潤は家族と一緒だった。高三の夏だけ参加したかな。そのとき言われたよ。 

”宗は こんなところで息抜きをしてたのか” ってね」


「真面目な潤一郎さんには、お兄さまの悪巧みは見通せなかったのね」


「悪巧みとはひどいな。勉強が目的だよ。最終日にはテストだってあるんだ、遊んでばかりじゃないさ」


「ウソばっかり。勉強なんて、集中セミナーを受講しなくても普段からこなしてたはずよ。 

10代の男の子が集まって何を話してたのか、大体の想像はつくわね」



珠貴は当時の様子を見てきたかのような口ぶりで、私たちの素行を暴き立てる。 

年明け四日まで会えなかった理由を並べながら珠貴の肌に挑んでいたはずが、いつのまにか形勢逆転となり、上から見下ろした目は ”どお 私の言ったとおりでしょう” 

と言わんばかりに鋭く見つめ、腰の柔らかな動きは私の理性を崩すタイミングを計っている。



「でも、それも高校まででしょう? 大学のときは、どんないい訳をして逃れたの?」


「親の言うとおりに従ったよ。家族そろってホテルで新年を迎えた」


「ふふっ、やっと反抗期が終わったのね。大学生になって、ようやくご両親のお考えがわかった。そうでしょう?」


「そうだよ……じゃぁ、何か? 君には両親が考えていたことがわかるのか?」



繋いでいた手をはずすし私の口元をなぞりながら 「えぇ、そうよ」 と意味ありげに微笑んだ。

そんなときの珠貴の顔は、ゾクッとするほど美しい。



「近衛のお家でお仕事をなさっているみなさまに、お休みをとっていただくためでしょう。

ご家族の方がお家に残られては、誰かがお世話をしなければならないんですもの。 

いつもお世話をしてくださる方々の年末年始の休暇のために、ご家族のみなさまはホテルで過ごす。 

そういうことでしょう?」


「君にはかなわないな」



大学に入る歳になるまで、そんなこともわからなかったのかと言われたようなものだったが、珠貴の言葉に不快は感じなかった。

けれど、得意げになっている口元をふさぎたくなって、やや乱暴に珠貴の肩をひきつけ、唇を合わせながら体の位置を逆転させた。

胸の下に追い込んだ彼女の肌は、隠し切れない昼間の光に照らされ、ほんのりと薄桃色をたたえている。

それまでのゆったりとした会話は一時途絶え、時間を惜しむように互いの肌を確かめあう。

珠貴の秘めやかな内部は充分に熟れ、刹那な時を迎えるために私は意識を集中させた。



「今夜はお出かけだとおっしゃっていたわね。あまり時間がないのでしょう?」


「いや、まだ大丈夫だ。男の身支度は早いからね」



起き上がりかけた珠貴の腕をつかみ、余韻の残る肌を引寄せた。

ソファの上に畳まれた帯の柄が見え、出会ったときの珠貴の立ち姿を思い出した。

新年を迎えても互いに忙しく、10日を過ぎなければ会えないはずだった。

今朝のこと、午後の予定に少し余裕があるとわかり、無理だろうと思いながら珠貴に昼食でも一緒にどうだろうと連絡したところ、伺いますと嬉しい返事だった。

食事をしながら顔が見られればそれで良かった。 

ロビーで彼女の姿を見るまでは……

待ち合わせの時刻に少し遅れて現れた珠貴の装いは、白大島に抑えた色の名古屋帯を締めており、ロビーを行き交う人の視線を浴びているのも気付かず、待ち人を探す姿だった。

観葉植物の葉の間から見える彼女の着物姿は、スーツしか見たことのなかった目には新鮮で、私を探しているのだろうと思いながら、しばらくその姿を眺めたのち、この美しい人の連れは私なのだと周りに知らせるように、彼女のもとへと歩き出した。



「遅くなりました。小物選びに迷ってしまって」


「白大島か。良く似合ってるよ」


「よくご存知ね」


「お袋が着物を着るたびに講釈をしてくれるからね。これはどこの紬だ、こっちは作家の一品だとイチイチ教えてくれる。いつのまにか覚えたよ」


「楽しいお母さまね。息子さんに着物のあれこれをご教授なさるなんて。 

おかげでこうして褒めていただきました。着ているものを褒められるのは、嬉しいことだわ」


「なるほど。こういうときのために、お袋はウンチクを語っていたってわけか」


「ふふっ、そうかも……これからどちらへ? あっ、その前にご挨拶が先だわ」

 

今年初めて顔を合わせたことを思い出し、立ち話の途中で互いにかしこまった挨拶を交わすことになった。

珠貴より先に頭を上げると、襟からのぞくうなじの白さと肌の曲線が目に飛び込んできた。

このときすでに食事へ行く予定を替え、部屋へ行こうと誘う気になっていたのだから、男と言うものはどうしようもないものだ。

けれど、いきなり誘うのは憚られ、ラウンジでコーヒーを飲んだのち、珠貴の手を引いて 「お食事はシャンタンなの?」 という珠貴の問いかけに答えることなくエレベーターへといざなった。

誰も乗り合わせていない密室で、ひっそりと唇を合わせる頃には空腹など忘れ、珠貴を欲する欲望を抑えられなくなり、部屋へ行こうと口にしていた。



「親父と一緒に永瀬家に呼ばれている。業界の主だった顔がそろうそうだ。 

家に招いて見せたいものがあるらしい。どうせ自慢だろうがね」


「新年早々ホームパーティなの? 永瀬さんのお宅のみなさまも大変だわ。大掛かりなパーティでしょうから 

お正月のお休みもなかったでしょうね」  



珠貴のいう ”みなさま” とは 永瀬家に従事する者たちのことで、新年早々招く客人のために、彼らは休みもないのかと気の毒がっているのだった。

それには私も、まったく同意見だった。

主人の見栄のために年末年始もなく働き、年明けに申し訳程度に休暇を与えられたところで、使用人たちの不満は残ることだろう。

外部に見栄を張りたがる主人は、内部の者たちへ無理をしくことがあるようだ。

その証拠に、永瀬家に行くたびに出迎えてくれる顔が違っていた。



「その点近衛家は違うわね。跡取りのお坊ちゃまも、ちゃーんとわかっていらっしゃるみたいですから」



肌を重ねたあとの気安さからか珠貴の口は冗談も滑らかで、私の反撃を予測しながら、わざと嫌味な言葉を選んで投げてくる。

こんな他愛のない遊びも楽しいもので、形だけ逃げの態勢になっている彼女の体を力ずくで押さえ込み抱え込んだ。
 


「ひいじいさん曰く、”近衛家の人間は正月は働くな” との号令だったそうだ」


「まぁ、素敵なおじいさまね。一族の方だけでなく、近衛のおうちに関わる

すべての方がお休みできるようにってことでしょう? さすがだわ」


「あぁ、ひいじいさんは面白い人だったらしい。家の中の古臭い組織を立て直したのも、そのじいさんだったらしい。ウチに長く勤めてくれている人の話だ」 


「長くって、いくらなんでも、ひいおじいさまの代からご存知ってことはないわね」


「ははっ、まさか。近衛の家に代々仕えてくれている人で、律儀な人がいるんだよ」



面白そうな話ね、と珠貴は身を乗り出してきたが、私が時計を一瞥するのが見えたのか、 



「そのお話、着替えてからお聞きしたいわ。時間がかかるから先に失礼します」 



それだけ言うと、ベッドサイドのガウンを手繰り寄せ羽織り、シャワールームへと足早に消えた。

二人で過ごせる時間が残り少ないと悟ったようで、身支度を整えてすぐに次の行動へ移れるようにとの段取りだろう。

甘い時を過ごしたあとも気分に溺れることなく、身軽に動き出す珠貴の切り替えの早さに、私が選んだ相手に間違いはなかったと笑みがでていた。 
 
漏れ聞こえるシャワーの音に、珠貴ののびやかな肢体が水滴を弾くさまが掠めた頭の片隅で、遠い昔の記憶を引き出していた。


『宗さんが残ると困る方がいるのよ。それとも、あなたが自分のことは全部なさるおつもり? 

それなら反対しませんよ』


大学生の息子が、正月は家族と一緒にホテルへは行きたくないと言った折、母親が言い聞かせるように告げた言葉だった。

なぜ家ではないところで新年を迎えるのか、まだわかっていなかったのねと呆れながら、家に残るのなら身の回りのことはすべて自分でするのよ。わかってるでしょうね、と回りくどい言い方をしたのだった。

それは、常に母のそばに仕える人が休暇をとることに遠慮のないように、私に向けられた言葉だった。

そこまで言われてようやく気がついたのだが、私のいたたまれない顔に気がついた人は、優しい言葉をかけてくれた。



「宗一郎さま、私でよろしければご一緒させていただきます。大学のお勉強もございましょう。 

おひとりの方が静かに……」


「それはだめですよ。浜尾さん、あなたもご家族とお過ごしにならなければ。 

お仕事のためとはいえ、お子さん方にいつも寂しい思いをさせていらっしゃるでしょう」


「いえ、ご心配にはおよびません。私の住まいはすぐ近くですし、宗一郎さまおひとりのお世話でしたらそうお時間もかかりませんので」


「すみません。僕の勝手でした。浜尾さん……大事な時間を、あの……本当にすみません」



この人にも家族があり、そのための休暇も必要なのだと、そのとき初めて身を持って感じた出来事だった。

そして、その年から家族と過ごす年末年始を享受している。

潤一郎が結婚して紫子が加わったように、私にも家族ができれば、いつの日か……

正月の華やかな席に加わって欲しい人の姿を思い浮かべ、ひとときの空想に浸っていたが、珠貴が近づく足音が聞こえてきて、頭の中に広げた将来図をたたんだ。 



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