【違反切符】 ― 大切な人 ― 前編

                               


空港で一番好きな場所は 到着ロビー

誰かを迎える嬉しさ 喜びを感じる場所だから

空港で一番嫌いな場所は 出発ロビー

誰かを送る寂しさ つらさを味わう場所だから

ここに 彼を迎えに何度来ただろう

飛行機の到着時間に遅れないように いつも早めに家を出る

時には飛行機が遅れて ずいぶん待った事もあった

でも 待つのは嫌じゃない

待ってる人が必ず来るから



「和音」



前を見て 彼が来るのを待っているはずだったのに

考え事をしながらうつむいていたら 先に見つけられてしまった



「おかえりなさい 東京は雨だったでしょう? 飛行機 揺れなかった?」



彼が 私を ”和音” と呼ぶようになって ずいぶんたつ

それなのに いまだに名前を呼ばれると 甘酸っぱい


1ヶ月ぶりの再会は 二人に ほんのちょっとの隙間を作る

嬉しい顔をしたいのに 照れ隠しの顔をして 

すぐにでも触れたいのに 少し距離を置いて立ってしまう



「うん 飛び立ってすぐは結構揺れたよ」



毎日のように メールや電話で話をしてるのに

いざ顔を見ると どこかぎこちない会話



「今日は駐車場も空いてるの 待たずに止められたのよ」



閑散期の空港は空いている

まとまった休みでもないのに 彼が帰省したのは 明日の結納のため

祭日を入れて たった三日間の帰省



「お袋が 一番良いスーツを持ってこいって 電話でうるさくてね」



彼は いつもの荷物の他に スーツが入ったバッグを手にしていた



「明日は何を着るの?やっぱり着物?」


「うん 振り袖 着るのもこれが最後だからって母が言うの」



駐車場への通路を歩きながら 途中から手が繋がれた

ためらいがちな手が 歩きながら触れる 

ようやく手が繋がれて 二人の距離が縮まってくる


  
「運転するよ カギを貸して」



エンジンをかける前 彼が私を見る

視線が絡んだのを合図に 顔が寄せられた

1ヶ月間の隙間を埋めるように 

ゆっくり 唇が合わされて 私達はいつもの距離にもどっていく





「今夜は妹さんも来るんでしょう?私初めて会うのよ 高志さんに似てるの?」

「うーん 似てるかって聞かれれば似てるかも 背は高いよ

性格は全然違うな あいつは冷静なヤツでね なにがあっても慌てなくて 平然としてるんだ

要領が良いから 親に心配もかけないよ」



今夜 彼の妹さんに初めて会う  

私よりも二歳年下で 官庁に勤務していると聞いていた

どんな人だろう

ここ数日 そのことが頭から離れなかった



「心配いらないよ 和音なら誰とだって上手くやっていけるだろう?

あのお袋に気に入られてるんだから 大丈夫」



高志さんはそう言って笑っている





「和音ちゃん いつもありがとう ホント助かるわぁ」



高志さんのお母さんは まず私に声を掛けてくださる



「高志 お帰り 背広持ってきたわね?まさか忘れてないでしょうね」



母親と息子って こんな素っ気ない会話なんだと ここに来るようになってから知った



「朋代 来てるわよ」



お母さんの視線の先に現れたは

すらりと背の高い 涼しげな目をした女性だった



「お兄さん お帰り 久しぶりね 和音さんもどうぞ」



さらりと案内され 奥へ通された



「初めまして 朋代です 兄がこれからお世話になります」



そう言うと 彼女は丁寧に頭を下げた

私も挨拶をしようと思ったら……



「おい なんだその挨拶は 俺が世話になるのか?」


「そうよ どう考えてもお兄さんの方がお世話になるんじゃない」


「お前なぁ 言ってくれるじゃないか」



兄妹のやりとりに 思わず吹き出してしまった



「和音です こちらこそよろしくお願いします」


可笑しくて そう言うのが精一杯だった





「まだ早いし 出掛けようか」



ご両親の前でデートに行こうと誘われたみたいで 少し照れた

玄関まで朋代さんが送りに来てくれた



「お兄さん いいわねぇ こんな可愛い婚約者いて 楽しそうじゃない」


「そーだよ たまにしか会えないんだからいいじゃないか お前も早く彼を見つけろよ」


「妹の前でノロケる兄なんて 聞いたことないわ」



私は恥ずかしくて下を向いてしまった

高志さんは バツが悪いのか ぷいっと先に出ていった



「朋ちゃんと 食事に行く約束をしたのよ」



朋代さんと さっき約束をしたばかり

勤務先が近いことがわかり それじゃ 今度は二人で会いましょうとなった

食事の後 朋代さんと話をした

彼女は 聞かれたことには答えるが 自分のことはあまり話さない

淡々とした口調で クールな印象が強く残った



「なんて呼んだらいいかな?朋代さんじゃちょっと……朋代ちゃん? 朋ちゃんでもいい?」



そう聞くと ”はい そうしてください”

今までとは違う 華やかな笑顔が返ってきた

こんな顔をするんだ……

彼女の違う一面を見た気がした




「へぇ そうなんだ やっぱり和音は誰とでも上手くつきあえるね」


「上手つきあおうとしたんじゃないの

朋ちゃんとは  初めて会った気がしないの 前から知ってたような……」


「でも嬉しいよ 妹をそんな風に思ってもらえて安心した」



私だって嬉しい 妹が出来たんだから



「水族館のジンベイザメ 大きくなりすぎて海に帰したんですって」


「そうなんだ じゃあメインの魚がいなくなったんだ」


「それが また他のサメを捕獲して連れてきたって ニュースで聞いたけど」


「へぇ そうか……明日の夜行ってみようか!」



夜の道を 行く当てもなく車を走らせる

一緒にいられるのが嬉しかった

離れてる時間が長いだけに 同じ空間にいる それだけでよかった

毎日話をしてるのに どれだけ話してもつきることはない

一月に一度しか会えない私達は 一緒にいるときは 互いに どこかに触れていた

手を繋いだり 腕を組んだり
 
彼が私の背中に手を回して きゅっと抱かれるのも心地よい 

時々 思い出したように合わされる唇もそう

会えない時間の穴埋めをするように 触れることで お互いの存在を確かめる



「結納なんて めんどくさいと思ってたけど おばさん達の顔もあるしね これもケジメなんだろうね」



私も結納なんてと思っていたけれど 準備をすすめるうちに気持ちが変化してきた

婚約が 形となって現れるのが結納だから・・・



「明日かぁ 緊張するんだろうなぁ やっぱり気が重くなってきたよ」


「大丈夫よ お仲人さんが 全部仕切ってくださるそうだから」


「ふぅー そうだね じゃあそのあと 水族館に行って気分転換しよう」



今日最後の口づけは 別れを惜しむようにかわされる

その余韻は いつまでも私の中に響いていた 




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